Lu-177治療の新たな放射線遮蔽材:柔軟な硫酸バリウムゴムの可能性

解説対象論文: Energy-specific attenuation and half-value layers of BaSO4-loaded rubber for Lu-177 gamma-ray shielding
Annals of Nuclear Medicine|被引用数: 0(2026年9月14日時点)
ルテチウム-177(Lu-177)を用いた放射性医薬品による治療が普及するにつれ、専門家の放射線被ばく低減が重要な課題となっています。これまでの鉛製遮蔽材は重く扱いにくいという難点がありましたが、本研究では軽量で柔軟な硫酸バリウム(BaSO4)配合ゴムのガンマ線遮蔽性能を評価し、その実用化の可能性を探りました。
はじめに
どうも、Beyond the Pixelです。
近年、ルテチウム-177(Lu-177)を用いた標的放射性医薬品治療は、神経内分泌腫瘍や転移性去勢抵抗性前立腺がんに対する治療法として世界中で広く導入が進んでいます。これに伴い、治療を行う専門家が受ける放射線被ばくをいかに低減するかが、ますます重要な課題となっています。Lu-177はβ線とガンマ線を放出しますが、β線は組織内での飛程が短く外部被ばくへの寄与は少ないため、主に113 keVと208 keVのガンマ線が外部被ばくの主な原因となります。
現在、Lu-177治療施設では、鉛製の移動式遮蔽板やL字型防護シールド、タングステン製の遮蔽装置が一般的に使用されています。しかし、これらの高密度な素材は非常に重く、持ち運びや取り扱いが困難であるという課題がありました。また、Lu-177から放出されるガンマ線は比較的低エネルギーであるため、高密度素材による過剰な遮蔽が不要な場合もあります。このため、十分な遮蔽性能を持ちながらも、軽量で柔軟、そして製造しやすい代替素材が求められています。
先行研究ではタングステン含有ゴム(TCR)が開発されていますが、タングステンは高価であるため、より費用対効果が高く安定供給が可能な代替材料が望まれていました。
研究の目的:軽量で柔軟な硫酸バリウム配合ゴムの可能性
本研究では、このような背景から、比較的安価で化学的に安定、入手も容易であり、かつ柔軟なゴム基材に高い割合で配合できる硫酸バリウム(BaSO4)に着目しました。BaSO4は、タングステンや鉛といった従来の金属製高密度遮蔽材と比較して、柔軟性や加工性を維持したまま、軽量で柔軟、そして形状適応性の高い遮蔽装置の製造に適していると考えられます。しかし、Lu-177から放出される113 keVと208 keVのガンマ線に対するBaSO4配合ゴムの詳細な減弱特性や設計指針については、これまで十分に検討されていませんでした。
そこで本研究では、BaSO4配合ゴムを試作し、Lu-177ガンマ線に対する遮蔽性能を評価しました。具体的には、エネルギー分光分析を用いて113 keVと208 keVの光電ピークにおける減弱特性を個別に定量的に評価し、それぞれの半価層(HVL)を決定しました。これにより得られたデータが、Lu-177治療におけるベッドサイド遮蔽パネルやシリンジ遮蔽装置の設計に応用できる可能性も検討しました。
研究方法:SPECT/CTシステムを用いた詳細な評価
本研究では、早川ゴム株式会社との共同でBaSO4配合ゴムを製造しました。このゴムは硫酸バリウムを約71.9重量%含有し、密度は約2.3 g/cm³でした。公称厚さ5、8、10、13、15 mmの5種類のサンプルが作製され、それぞれ25 x 25 cmのサイズでした。また、20、30、51 mmの厚さも、これらのピースを重ねることで実現されました。サンプルの厚さはデジタルノギスで5か所を測定し、均一性を確認しました。
実験セットアップは、SPECT/CTシステム(Discovery NM/CT 860; GE Healthcare製)を使用して行われました。150 MBqのLu-177溶液が入ったバイアルをSPECT/CTの対象者テーブルに置き、その上部にBaSO4配合ゴムを配置しました。検出器と線源の距離は30 cmに固定され、中エネルギーコリメータが使用されました。

エネルギー分光測定は、遮蔽なし(0 mm)および5、8、10、13、15、20、30、51 mmの各厚さで行われました。各厚さで2分間のデータ取得を行い、得られたスペクトルから113 keVおよび208 keVの光電ピークの±10%の範囲の積算カウントを算出しました。
減弱率(Attenuation rate)は、遮蔽なしの場合のカウント(C0)と遮蔽ありの場合のカウント(C)を用いて「減弱率 (%) = (1 – C/C0) × 100」の式で計算されました。さらに、サンプル厚さと透過率の関係を指数関数で近似し、各光電ピークの半価層(HVL)を算出しました。半価層とは、放射線の強さが半分になるまでに必要な遮蔽材の厚さのことです。
主要な結果:113 keVガンマ線に高い遮蔽効率
試作されたBaSO4配合ゴムサンプルの厚さ均一性は良好であることが確認されました。
Lu-177のエネルギー線スペクトルは、BaSO4配合ゴムの厚さが増すにつれて変化することが観察されました。遮蔽がない状態では、113 keVと208 keVに明確な光電ピークが見られ、55 keV付近に散乱成分も確認されました。この55 keV付近の散乱成分は、5~8 mmの遮蔽でほぼ完全に除去されました。なお、ルテチウム-177のエネルギー線スペクトルの詳細な結果は論文の図で示されていますが、ゴムの厚さが増すにつれて113 keV光電ピークと208 keV光電ピークの両方の減弱が増加しました。比較的薄い遮蔽厚さでは、113 keVの光電ピークが208 keVよりも著しく減弱する傾向が見られました。
具体的な減弱率としては、厚さ5 mmで113 keV光電ピークが51.5%、208 keV光電ピークが21.5%減弱しました。これが厚さ51 mmまで増加すると、それぞれ95.0%と89.1%に達しました。

は113 keV光電ピークの減弱率曲線を示しており、

は208 keV光電ピークの減弱率曲線を示しています。
指数関数フィッティングにより算出された半価層(HVL)は、113 keV光電ピークで5.0 mm、208 keV光電ピークで14.7 mmでした。これは、113 keVガンマ線に対してはより薄いBaSO4配合ゴムで高い遮蔽効果が得られることを示しています。
考察と利点:軽量・柔軟・低コストな新時代の遮蔽材
本研究で得られた結果は、BaSO4配合ゴムがLu-177ガンマ線に対し厚さ依存的な遮蔽効果を持つことを明確に示しました。特に113 keVのエネルギーでは高い遮蔽効率が確認され、これは硫酸バリウムのK吸収端(37.44 keV)が113 keVに近いことと整合しています。113 keV光電ピークの半価層が5.0 mm、208 keV光電ピークの半価層が14.7 mmというデータは、Lu-177遮蔽の基本的な設計データとして非常に有用です。
従来の遮蔽材と比較して、BaSO4配合ゴムはいくつかの顕著な利点を持っています。まず、鉛(密度11.3 g/cm³)やタングステン含有ゴム(密度7.65 g/cm³)よりも大幅に軽量(密度約2.3 g/cm³)であるため、持ち運びや取り扱いが容易です。Lu-177のガンマ線線量率定数は、他の一般的な核医学用放射性核種(例:18Fや131I)に比べて低いため、常に重い遮蔽材が必要とされるわけではありません。
次に、柔軟性があるため、折りたたんで収納したり、様々な形状に適合させたりすることが可能です。これは、ベッドサイドの遮蔽パネルや、形状が複雑なシリンジ遮蔽装置など、多様な臨床現場での応用を可能にします。また、BaSO4は医療分野で広く使用されている生物学的に安全な素材であり、鉛の使用を減らすという現在の臨床現場のニーズにも応えます。さらに、タングステンと比較して安価であるため、費用対効果に優れています。
これらの特性を考慮すると、BaSO4配合ゴムは、ALARA原則(As Low As Reasonably Achievable:合理的に達成可能な限り低く)に従って外部放射線被ばくを低減できる、軽量、柔軟、かつ費用対効果の高い代替遮蔽材として有望であると言えます。
実用化への展望:ベッドサイドからシリンジまで
本研究で得られたエネルギー特異的な減弱特性とHVLデータは、Lu-177治療におけるベッドサイド遮蔽パネルやシリンジ遮蔽装置の有用な設計情報を提供します。例えば、病院の上階にある放射線防護病室では、隣接する部屋だけでなく、床を通じた下方向への放射線遮蔽も求められることがあります。柔軟性や加工性を持つBaSO4配合ゴムは、床面にも敷設可能であり、ベッドサイド遮蔽に加え、補助的な床や壁の遮蔽材としても応用が期待されます。ただし、広い面積への実用化には、素材の総重量、機械的耐久性、設置・固定方法、耐火性、清掃・除染、長期的な劣化、コストなどの要因をさらに評価する必要があります。
シリンジ遮蔽装置の設計にも、本研究のHVLデータが活用できます。厚さ6 mmのBaSO4ゴム製シリンジスリーブの試作品は、柔軟性と操作性を維持しながら遮蔽機能を提供します。

この6 mm厚では、測定されたHVL値に基づき、113 keV成分を約57%、208 keV成分を約25%減弱させることが期待されます。プランジャーロッド部分にタングステンなどの高密度素材を組み合わせるハイブリッド構成は、遮蔽性能と取り扱いやすさの両立に貢献するでしょう。
研究の限界と今後の課題
本研究にはいくつかの限界があります。SPECT/CTシステムを用いた実験環境は、対象者の体内からの散乱線を含む実際の臨床環境を完全に再現しているわけではありません。また、Lu-177以外の放射性核種への適用可能性は検討されていません。
今後の研究では、機械的耐久性、繰り返しの使用性能、汚染と除染特性、実際の取り扱いやすさ、そして実際の臨床条件下での放射線防護効果を評価する必要があります。柔軟性、比較的軽量であること、製造のしやすさを考慮すると、BaSO4配合ゴムはLu-177治療における移動式ベッドサイド遮蔽パネル、防護カバー、およびシリンジ遮蔽装置に応用できる可能性があります。実用化に向けては、試作品の臨床環境での評価が重要となるでしょう。
結論
BaSO4配合ゴムは、Lu-177の113 keVおよび208 keVの両ガンマ線に対して厚さ依存的な遮蔽効果を示し、特に113 keVで高い減弱効率が確認されました。113 keVにおける半価層は5.0 mm、208 keVにおける半価層は14.7 mmと決定され、Lu-177遮蔽の基本的な設計データが提供されました。軽量で柔軟性があり、費用対効果にも優れるBaSO4配合ゴムは、Lu-177放射性医薬品治療における外部放射線被ばく低減のための、有望で実用的な遮蔽材となる可能性を秘めています。
用語集
- ルテチウム-177(Lu-177): 癌治療に用いられる放射性核種の一つで、β線とガンマ線を放出します。
- ガンマ線: 放射性核種から放出される電磁波の一種で、高い透過性を持つため遮蔽が必要です。
- 光電ピーク: 放射線検出器で得られるエネルギー線スペクトルにおいて、放射線の全エネルギーが検出器に吸収されたときに現れるピークです。
- 減弱率: 放射線が遮蔽材を通過する際に、その強さがどれだけ減少したかを示す割合です。
- 半価層(HVL): 放射線の強さを半分にするために必要な遮蔽材の厚さのことです。
- SPECT/CTシステム: 放射性医薬品から放出されるガンマ線を画像化するSPECTと、X線CTを組み合わせた医療画像診断装置です。
- ALARA原則: 放射線被ばくを「合理的に達成可能な限り低く」抑えるという放射線防護の原則です。
- K吸収端: 物質がX線やガンマ線を吸収する際に、特定のエネルギーで急激に吸収率が高まる現象を指します。
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