全身麻酔下の鎮痛効果測定:接触熱誘発電位(CHEPs)の役割と限界

解説対象論文: Contact heat evoked potentials as a measure of the analgesic component of anesthesia – a patient study
Journal of Clinical Monitoring and Computing|被引用数: 0(2026年9月19日時点)
全身麻酔は手術を可能にするために不可欠ですが、その鎮痛成分を客観的に評価する確かな方法はいまだ確立されていません。本ブログ記事では、接触熱誘発電位(CHEPs)が全身麻酔下の鎮痛効果の直接的な測定に利用できるかを探った最新の研究論文を掘り下げます。レミフェンタニルという強力な鎮痛薬を用いた本研究は、CHEPsが痛覚評価の「ゴールデンスタンダード」となり得るか、その可能性と限界を明らかにしようとしました。
はじめに:全身麻酔における鎮痛評価の課題
どうも、Beyond the Pixelです。全身麻酔は、催眠、鎮痛、筋弛緩の3つの主要な要素で構成されます。これらの要素は、麻酔処置中に特定の薬剤を用いて個別に調整されます。催眠や筋弛緩については、脳波(EEG)モニタリングや加速度筋電図などを用いて客観的に効果を評価できる確立された方法が存在します。しかし、鎮痛薬の効果を直接的に測定するための確立された方法は、現在のところありません。痛覚刺激とは、組織の損傷によって生じる生理的な神経プロセスを指し、痛みはそれに伴う主観的な感覚です。痛みは、生理的、認知的、感情的なプロセスに影響される複雑な感覚であるため、視覚的アナログスケール(VAS)や数値評価スケール(NRS)といった臨床スコアが痛みを定量化するために使用されます。これらの評価方法は使いやすく、有効とされています。全身麻酔は、対象者が覚醒したり手術操作中に動いたりするのを防ぎます。これにより、対象者は意識を失い、痛みの知覚がなくなります。しかし、有害な外科的刺激からの信号伝達は、臨床的な反応がなくても全身麻酔下で脳に到達することがあります。術中の過剰な痛覚刺激は、異化亢進、免疫および炎症反応の抑制、認知機能障害、重度の術後痛などの術後有害事象を引き起こす可能性があるため、痛覚入力の調整が重要です。日常の臨床現場では、痛覚刺激に対する身体の反応、すなわち心拍数や血圧の増加など交感神経系の緊張亢進を示す生理的変数の変化が、痛覚と鎮痛のバランスを推定するための間接的な指標として用いられています。しかし、これらのパラメータは間接的で非特異的であり、担当する専門家の個人的な判断に左右されます。さらに、心血管系に作用する薬剤の影響、血管内液の状態、麻酔薬の選択、年齢などもこれらのパラメータの大きな限界となります。有害刺激および鎮痛薬が中枢神経系(CNS)に与える影響を直接モニタリングすることで、専門家は手術中に適切な痛覚・鎮痛バランスを確立し、前述の合併症の発生率を減らすことができるかもしれません。近年、いくつかの痛覚モニタリングデバイスが開発され、市販されていますが、これらのデバイスのほとんどは、痛覚誘発性の自律神経緊張の変化を反映する1つまたは複数の変数に基づいています。痛覚を測定するための検証されたパラメータが不足しているため、これらのデバイスの有効性は、術後痛スコア、麻酔回復室(PACU)からの退室、ストレスホルモンの血漿レベル、オピオイド必要量など、いくつかの評価項目を用いて評価されてきました。これらの評価項目を用いることで、モニタリングデバイスは従来の変数のみを使用する場合よりも一定の利益を示すことが示されています。本研究の著者らは、痛みを伴う熱刺激によって誘発される電気生理学的信号である接触熱誘発電位(CHEPs)が、日常の臨床現場での直接的な痛覚モニタリングの有望な候補であるという仮説を立てました。これは、CHEPsが以下の特性を持つためです。1.末梢の有害刺激およびそれに続く痛覚伝達経路を介した信号伝達に対する皮質応答性を反映すること。2.VASで評価される主観的な痛みの知覚と直接相関すること。3.自律神経系(ANS)ベースの痛覚モニタリングの交絡因子に左右されないこと。4.パイロット研究において、広範な皮質抑制がない状況下でレミフェンタニルによる鎮痛中にCHEPs振幅の用量依存的な減少が認められたこと。5.特殊なサーモードによって皮膚や下層構造に損傷を与えることなく、簡単かつ再現性よく誘発できること。本研究では、この仮説が検証されました。
研究の目的と方法:CHEPsは全身麻酔下の鎮痛評価に使えるか?
本研究の主要な目的は、レミフェンタニル注入による接触熱誘発痛覚の主観的変化(VASスコアの減少で示される)が、CHEPs P1-N2ピークツーピーク(P1N2)振幅の変化と相関するかどうかを調査し、鎮痛薬の効果を客観的に評価できるかを明らかにすることでした。副次的な評価項目としては、(i) CHEPs振幅とレミフェンタニル用量との相関、(ii) 使用されたレミフェンタニル注入の可能性のある鎮静効果、(iii) プロポフォール麻酔中のCHEPsモニタリングの有用性、(iv) CHEPsに対する性差が挙げられました。研究プロトコルはヘルシンキ宣言に準拠し、ドイツの地元の倫理委員会の承認を得て実施されました。研究には、全身状態が良好な成人(ASA身体分類IまたはII)120名が登録され、レミフェンタニルの4つの異なる注入速度(0.05, 0.1, 0.2, 0.4 µg/kg/min)のいずれかに無作為に割り当てられました。各対象者の熱刺激に対する個別の痛覚閾値(VASスコア10)を決定した後、以下の変数が評価されました。VAS、P1N2振幅、および専門家による覚醒/鎮静評価スケール(OAA/Sスコア)と聴覚誘発電位(AEP)振幅は、それぞれ鎮静効果の臨床的および電気生理学的尺度として用いられました。実験は3つのフェーズで構成されました。

T0(参照期間)では、レミフェンタニル注入なしで脳波、OAA/S、VASが記録されました。T1(レミフェンタニル期間)では、各グループに設定されたレミフェンタニル注入下で、脳波、OAA/S、VASが記録されました。T2(プロポフォール期間)では、各グループに設定されたレミフェンタニル注入に加えてプロポフォールが注入され、意識消失(LOR)が誘導された後、脳波が記録されました。接触熱刺激は、Pathway CHEPS Pain and Sensory Evaluation Systemを用いて前腕の掌側に適用されました。痛覚の主観的知覚に焦点を当てるため、熱刺激は固定された温度ではなく、個別の痛覚閾値で適用されました。刺激は、個別の痛覚閾値より20%高い強度で行われました。習慣化効果を避けるため、刺激間隔は8秒±10%に設定され、1シーケンスあたりの刺激数は30回に制限されました。サーモードの位置は、紅斑形成を防ぐために5回の刺激ごとにわずかに変更されました。AEPを生成するための音響刺激は、解剖学的に形成されたインイヤー型スピーカーを介してクリック音として提示されました。EP(誘発電位)の可視化のために、前頭部、側頭部、頭頂部、後頭部の位置にactiCAPアクティブ電極を使用して8チャンネルの脳波が記録されました。
研究結果:CHEPsは鎮痛の直接的指標にはなりにくい
本研究では、120名の対象者から得られたデータのうち119名が分析対象となりました。11名の対象者は、熱痛に対する不耐性、T0での反応消失、CHEPsトリガーの欠損、胸部の硬直、プロトコル違反により除外されました。

は、レミフェンタニル濃度別に層別化された分析対象集団の対象者特性と記録された変数を示しています。グループ間で性別、年齢、体重、身長、BMIに有意差はありませんでした。T0における中央値の個別痛覚閾値は46℃で、範囲は42~49℃でした。T0での初期VAS値はすべての対象者で10に設定されました。T1では、VASの中央値は1~6の範囲でした。

は、T1における4つのレミフェンタニルグループのVASスコアの分布を示しています。レミフェンタニルの用量とVASスコアの間には強い逆相関(r=-0.46; p<0.001)が認められ、用量が多いほどVASスコアが有意に低い単調な傾向が示されました。CHEPs振幅については、すべての対象者において常に検出可能ではありませんでした。T0では11名の対象者でP1N2が検出されず、T1ではさらに5名の対象者で検出されませんでした。ベースライン(T0)では、P1N2振幅にグループ間の有意差は観察されませんでした(

A)。しかし、各レミフェンタニルグループ内では、T0からT1にかけてP1N2が有意に減少しました((図3)B)。この結果は、CHEPsのP1N2振幅がレミフェンタニル注入により有意に減少することを示していますが、異なるグループ間での相対的なP1N2変化には有意差がありませんでした((図3)C)。さらに、VASスコアとP1N2振幅の間には相関は検出されませんでした(r=-0.17; p=0.868)。鎮静効果に関して、T1でのOAA/Sスコアは注入されたレミフェンタニル用量と強い相関(r=−0.35; p<0.001)を示しました。

は、T1におけるOAA/Sスコアを示しており、レミフェンタニル濃度の上昇とともに鎮静が深まることが視覚的に示されています。この臨床的所見は、AEP測定値によっても裏付けられました。

はAEPのPaとNb潜時の変化を示しており、T0時点では潜時にグループ間の有意差はありませんでしたが((図5)A, B)、T1ではレミフェンタニル用量が多いほどPaおよびNb潜時が有意に増加する傾向が一部のグループで確認されました((図5)C, D)。これは鎮静度の増加を示唆しています。プロポフォール誘発反応消失(PI-LOR)後の全身麻酔中に記録された脳波データでは、P1N2はもはや同定できませんでした。性差については、

に示されるように、女性はT0で男性と比較して有意に高いCHEPs振幅を示し(p=0.023)、T1でのVASスコアも有意に低いという結果が得られました(p=0.021)。
考察:多因子に影響されるCHEPs、全身麻酔下での使用は困難
本研究の著者らは、全身麻酔の鎮痛成分の直接的かつ客観的な尺度としてCHEPsの適用可能性を調査することを目的としていました。レミフェンタニル注入による主観的な熱痛覚知覚の減少(VASスコアの減少で表される)が、CHEPs振幅の減少と相関するかどうかを主に検証しました。VASスコアとレミフェンタニル用量の間には有意な逆相関が認められました。これは、レミフェンタニルの既知の鎮痛効果とよく一致しています。脳波記録からP1N2を分析した結果、すべての対象者でCHEPsが検出できるわけではありませんでした。CHEPsが検出できない理由は多岐にわたりますが、本研究の対象者はT0で痛みを感じていたため、痛覚経路の構造的損傷は除外されました。また、T0では薬剤が使用されていないため、薬剤の影響もありませんでした。年齢が50歳までの対象者に限定されたため、年齢も関連因子ではないと考えられます。皮膚の目に見える異常もチェックされており、これは除外されました。T0でP1N2が検出できなかった11名の対象者全員が、T1でもP1N2を検出できませんでした。したがって、技術的な側面、特にアーチファクトが最も可能性の高い原因と考えられます。T1でのみP1N2が検出できなかった5名の対象者では、鎮静や痛覚過敏の変化などの追加因子が関与している可能性があります。各グループ内で、レミフェンタニル注入によりP1N2が有意に減少することが確認されました。この結果だけを見ると、P1N2の減少がオピオイドの痛覚経路への影響、ひいては皮質応答性の低下を反映している可能性を示唆します。しかし、P1N2はグループ間で有意に変化せず、用量非依存的な効果を示唆しています。さらに、VASスコアとP1N2の間には期待された関係を確立できませんでした。これは、CHEPsにさらなる影響が存在することを示唆しています。考えられる要因としては、以下が挙げられます。1. レミフェンタニルの鎮静効果:これらの効果は臨床的および電気生理学的に調査されました。OAA/SスコアとMLAEPを用いて、使用されたレミフェンタニル濃度には用量依存的な鎮静効果があることが分かりました。濃度が増加するにつれて、レミフェンタニルの鎮痛成分と鎮静成分の両方が増加し、鎮静が痛覚の意識的処理に影響を与えた可能性があります。残念ながら、本研究のデザインでは鎮痛効果と鎮静効果を分離して検討することができないため、CHEPsに対する相対的な影響をさらに詳しく調べることはできません。2. 絶対P1N2の高い個人間変動が、絶対P1N2とVASの相関が低いことに寄与した可能性があります。しかし、相対的なP1N2変化もVASと強い相関は示しませんでした。この結果は、P1N2がレミフェンタニルの存在には敏感であるものの、異なるレミフェンタニル濃度を区別する能力は限られている可能性があることを示唆しています。3. 研究対象者の約30%は、レミフェンタニル注入中に初期測定と比較してCHEPs振幅の増加を示しました。これは、覚醒中の対象者における興奮による運動アーチファクトなど、初期測定における信号品質の低下に起因する可能性があります。4. さらに、専門家のバイアスも完全に排除することはできません。脳波データを分析した専門家は、使用されたレミフェンタニル用量については盲検化されていましたが、測定時期(T0またはT1)については盲検化されていませんでした。鎮痛薬がない状態でCHEPsが脳波で検出可能であるべきであることを考えると、専門家は低振幅のアーチファクトをCHEPs振幅と誤解した可能性があります。T1では信号ノイズが少ないため、正しい電位がより高い振幅で検出されたのかもしれません。要約すると、レミフェンタニル注入後の主観的な痛覚知覚とP1N2の減少の間に期待された相関は確立できませんでした。レミフェンタニルの鎮痛成分に加えて、P1N2は他の要因、特に鎮静が重要な役割を果たしているようです。著者らは、全身麻酔下での抗痛覚薬効果をCHEPs振幅で測定できるかも調査しました。この目的のために、催眠薬プロポフォールによって意識消失が誘発されました。残念ながら、レミフェンタニルとプロポフォールの同時投与中の脳波データでは、CHEPs振幅を検出できませんでした。著者らの先行研究では、麻酔下ではない用量のプロポフォール投与が、催眠効果を伴わずにP1N2振幅の減少を誘発することが示されていました。レミフェンタニルでも同様でした。本研究では、プロポフォールとレミフェンタニルは全身麻酔に使用される用量で併用されており、これはかなり高用量です。プロポフォールとレミフェンタニルは相乗的に作用し、鎮痛作用と催眠作用を増強します。最も可能性が高いのは、両薬剤の抗痛覚作用と催眠作用の組み合わせと増強がCHEPsの消失につながったということです。したがって、全身麻酔中の鎮痛薬効果をモニタリングするためのCHEPsの使用は、実現可能ではないようです。性別によって痛みの現れ方は異なります。CHEPsに対する性特異的効果については議論の余地があります。一部の著者らはCHEPsに性差を見出していませんが、他の著者らは女性で男性よりも高い振幅と短い潜時を報告しています。本研究の対象者集団でも、女性はT0で男性と比較して有意に高いCHEPs振幅を示し、最近発表された国際多施設研究のデータとよく一致しています。本研究にはいくつかの限界があります。CHEPs振幅には高い個人差が観察され、特にT0で顕著でした。T0での低い値は、T1で振幅が高くなるケースに寄与した可能性があります。さらに、すべての対象者で検出できるわけではありませんでした。これは、鎮痛効果の客観的なマーカーとしての堅牢性を制限する可能性があります。また、レミフェンタニルによる鎮痛は、痛覚刺激の皮質処理に影響を与える鎮静効果と分離できません。最後に、プロポフォールによる意識消失後にはCHEPsが消失したため、全身麻酔中の痛覚モニタリングには使用できませんでした。
結論と今後の展望
本研究の結果、視覚的アナログスケール(VAS)で測定された主観的な痛覚知覚と、接触熱誘発電位(CHEPs)振幅の減少との間に、期待された相関を実証することはできませんでした。しかし、レミフェンタニル注入によりP1N2振幅の有意な減少は検出されました。この結果の正確なメカニズムを特定するためには、さらなる研究が必要です。結論として、P1N2の評価は、全身麻酔の鎮痛成分を直接的に評価するための適切なツールではないと考えられます。
用語集
- 接触熱誘発電位 (CHEPs): 特定の熱刺激によって脳に誘発される電気信号で、痛みの伝達経路の機能を反映する。
- レミフェンタニル: 迅速に作用し、持続時間の短い強力なオピオイド鎮痛薬。
- 視覚的アナログスケール (VAS): 対象者自身の痛みの強度を0から10の範囲で評価する主観的な尺度。
- Observer’s Assessment of Alertness/Sedation (OAA/S) スケール: 専門家が対象者の意識レベルと鎮静度を評価するための尺度。
- プロポフォール誘発反応消失 (PI-LOR): 催眠薬プロポフォールによって引き起こされる、外部刺激への反応がなくなる状態。
- 中潜時聴性誘発電位 (MLAEPs): 聴覚刺激によって脳に誘発される電気信号で、鎮静度を評価するのに用いられる。
- 全米麻酔科学会 (ASA) 身体分類: 手術を受ける対象者の全身状態を評価する尺度。クラスIは健康な対象者、クラスIIは軽度の全身疾患を持つ対象者。
- 鎮痛: 痛みを感じさせなくする効果。
- 鎮静: 精神的な興奮を鎮め、落ち着かせたり眠気を誘ったりする効果。
- 皮質応答性: 脳の表面(大脳皮質)が刺激に対して反応する能力。
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