SNOMED CTで医療情報の壁を越える?異なる情報構造間の変換可能性を探る

解説対象論文: Terminology binding with SNOMED CT to bridge differences in information structures: a feasibility study
Journal of Biomedical Semantics|被引用数: 0(2026年7月27日時点)
医療情報の安全かつ正確な共有は、良質な医療とウェルビーイングに不可欠です。しかし、多様な情報システム間での情報交換では、異なる情報構造間の変換が避けられません。この変換を自動化できれば、情報共有は劇的に改善されるでしょう。本記事では、国際的な標準医療用語集であるSNOMED CTを用いた「ターミノロジーバインディング」が、この情報構造間のギャップを埋める橋渡しとなり得るかを探った研究について解説します。
医療情報共有の現状と課題
どうも、Beyond the Pixelです。医療情報は、対象者と専門家、そして医療機関内や機関間といった複数の関係者間で頻繁にやり取りされます。診療だけでなく、研究や品質改善といった二次利用のためにも、情報共有は非常に重要です。共有された情報を効果的に利用するには、意味が正確に伝わり、受け手にとって使いやすい状態であること、つまり「意味的相互運用性」が求められます。現在、医療情報はさまざまな標準や独自の形式で構造化されており、これらの構造を統一することは不可能であるとされています。そのため、異なる情報構造間の変換は避けて通れません。多くの場合、この変換は手作業で行われ、労力がかかり、エラーの原因ともなっています。情報が適切に構造化されていれば、この変換を自動化できる可能性が示唆されています。本研究では、国際的な標準医療用語集であるSNOMED CTを用いた「ターミノロジーバインディング」が、この情報構造間のギャップを埋める橋渡しとなり得るかを探った研究について解説します。この概念を具体的に示す図が

です。
情報構造とSNOMED CT
本研究では、「情報構造」とは、用語または用語の集合間の関係を順序立てて集めたものを指します。これは、標準規格、医療情報システム内の独自構造、または紙のフォームなど、多岐にわたります。「オントロジー」は、用語集に加えて、含まれる概念間の関係についての情報も含む用語集です。医療情報は、「アレルギー反応」のような単純な事実だけでなく、「計画されたものか、除外されたものか、親族に存在するのか」といった詳細情報も含むため複雑です。これらの情報の全ての組み合わせを用語だけで表現しようとすると、「組み合わせ爆発」と呼ばれる管理不能な数の用語が生じてしまいます。これを防ぐために、医療情報は情報モデルや独自の構造を通じて、用語と組み合わせて構造化されています。異なる情報構造では、情報モデルで表現される内容と、ターミノロジーで捕捉される内容との境界が異なります。この境界の分け方が、「バウンダリー問題」として意味的相互運用性における大きな課題となっています。SNOMED CTは、包括的で標準化された臨床用語システムであり、異なる設定や電子カルテシステム間で医療情報の一貫した表現、共有、分析を可能にするように設計されています。SNOMED CTは概念ベースのオントロジーであり、各概念は記述論理を用いて他の概念との一対多の関係で記述されます。これらの関係は、例えば「上腕骨骨折」が「骨折」であり「上肢の障害」でもあることを認識するといった推論を可能にします。また、SNOMED CTは図のように、オントロジー内を辿って概念を変換することも可能にします。
研究手法:乳がん病理報告のデータを用いた混合研究
本研究では、SNOMED CTへのターミノロジーバインディングが、異なる情報構造間の橋渡しとして機能するかどうかを調査するために、定量的・定性的アプローチを組み合わせた混合研究手法を採用しました。まず、変換可能な概念ペアの割合を定量的に分析し、次に、変換不可能だった概念ペアについて、その根本原因を理解するために定性的に分析しました。研究では、乳がん病理学領域における2つの情報構造が用いられました。一つは、ICCR(International Collaboration on Cancer Reporting)乳がん報告フォームのHL7 FHIRアンケート版です。もう一つは、スウェーデンにおける乳がん病理報告の標準化プロジェクトから開発された情報構造で、Configuration Specification Spreadsheetとして提供されました。これら2つの情報構造の主な特徴は

に示されています。研究者は、まず専門家がこれら2つの情報構造から意味的に同等なユーザーインターフェース用語のペアを特定し、2名のインフォマティクス専門家がこれを検証しました。これらの用語は、専門家が同じ情報を伝えるために使用した場合に、意味的に同等であると見なされました。次に、これらのインターフェース用語にそれぞれバインドされたSNOMED CT概念のペアを比較し、「完全に変換可能 (fully transformable)」、「部分的に変換可能 (partially transformable)」、「変換不可能 (non-transformable)」に分類しました。

は、本研究における用語ペアと概念ペアの概念図を示しています。最終的なデータセットは、

のプロセスを経て作成されました。変換不可能な概念ペアは、帰納的コンテンツ分析アプローチを用いて定性的に分析され、根本的な原因が特定されました。
結果:高い一致率と低い変換可能性
本研究では、意味的に同等なユーザーインターフェース用語ペアが73組特定されました。そのうち70%(51組)では、ユーザーインターフェース用語が同じSNOMED CT概念にバインドされていました。質問では28%(5組)、回答では84%(46組)が同じ概念にバインドされていたことが示されています。

に、質問と回答における同じ概念または異なる概念にバインドされた意味的に同等な用語ペアの数が示されています。異なるSNOMED CT概念にバインドされていた22組の用語ペア(質問13組、回答9組)について、その変換可能性を評価しました。

は、含まれる概念ペアの階層と定義ステータスの分布を示しています。非同一の概念ペアの関連性の種類は、

にまとめられています。全ての質問は「Observable Entity」階層の概念にバインドされていました。回答は、「Procedure」、「Clinical Finding」、「Morphologic Abnormality」、「Qualifier Value」の各階層の概念にバインドされていました。全体として、非同一の概念ペアの9%が「完全に変換可能」、27%が「部分的に変換可能」、そして64%が「変換不可能」と評価されました。

は、概念ペア間の関係のタイプごとの変換可能性の分布を示しています。

は、73組の概念ペア全体における変換可能性をヒートマップで示しています。
変換可能な概念ペア
臨床情報が概念間で異なっていても、完全に変換可能だったのは2組の概念ペアのみでした。これらは両方とも「is-a関係」で繋がっている概念ペアであり、粒度のみが異なっていました。例えば、腫瘍浸潤の局在に関する質問の回答オプション「皮膚」は、ICCRでは「乳房の皮膚構造(body structure)」に、KVASTでは「皮膚構造(body structure)」にバインドされていました。これは、KVASTの情報構造内で「乳がんの分析」という文脈情報が他の場所にあるため、完全に変換可能と見なされました。

は、このような変換可能な概念ペアの例を示しています。
部分的に変換可能な概念ペア
「is-a関係」がありながら部分的に変換可能だった概念(4組)は、情報構造内の他の場所で見つからない情報(例:「原発性悪性腫瘍」、「免疫組織化学技法」)に関して粒度にばらつきがありました。例えば、

は、部分的に変換可能な概念ペアの例を示していますが、「悪性」や「免疫組織化学技法」といった追加情報は他の場所には見つかりませんでした。また、同じ階層に属し、「is-a関係」ではない部分的に変換可能な概念ペア(2組)は、「原発性悪性腫瘍」の情報が欠けていました。
変換不可能な概念ペア
9組の概念ペアは同じ階層に属していたにもかかわらず、変換不可能でした。これらは「Observable Entity」階層から6組、「Morphologic Abnormality」階層から2組、「Qualifier Value」階層から1組でした。例えば、

は変換不可能な概念ペアの例を示しており、2つの概念はSNOMED CT概念モデルを介して変換できませんでした。異なる階層の概念を用いた5組の概念ペアは全て変換不可能でした。
定性的分析:変換を妨げる要因
変換不可能な概念ペアの定性分析により、主に以下の要因が特定されました。記録なし、または詳細度が低い親概念の使用:両情報構造は、リストされた回答が適切でない場合にユーザーインターフェース用語を提供していましたが、ターミノロジーバインディング戦略が異なりました。ICCRは「Not recorded (qualifier value)」を使用しましたが、KVASTは詳細度が低い親手技を使用しました。「異常なし」または「正常」の表現の違い:両情報構造は、「正常」な所見を示すユーザーインターフェース用語をターミノロジーバインドする際に異なる方法を採用していました。SNOMED CTには「正常な形態学的異常」の概念が存在しないため、アプローチに差が生じました。修飾子値と整数:「組織学的腫瘍グレード」の質問に対して、一方の情報構造は「Grade 1 (qualifier value)」のようなSNOMED CTの修飾子値階層の概念を使用し、もう一方は「1」のような整数を使用していました。これらはMRCMを介して相互に変換できません。プリミティブ概念:SNOMED CTの概念モデルが概念を十分に定義するほど発達していない場合(例:距離に関する観測値、修飾子値階層の概念)や、定義され得るのに定義されていない概念(関連する属性が導入される前にSNOMED CTに含まれた可能性)がありました。ローカルなユーザーインターフェース用語:両情報構造は、SNOMED CTの記述ではなく、ローカルなユーザーインターフェース用語を使用していました。これにより、「残存浸潤性癌なし」が「Not seen (qualifier value)」や「Not applicable (qualifier value)」にバインドされるなど、意味の変化が生じることがありました。誤った翻訳:SNOMED CT内のいくつかの翻訳が不正確であることが判明しました。近接する同義語:「Cannot be determined」と「Indeterminate」のような非常に似た概念のペアが存在し、これらは両方ともプリミティブであり、定義属性が不足していました。
考察と結論:医療情報共有を促進するために
本研究では、2つの情報構造間で意味的に同等なユーザーインターフェース用語ペアが同じSNOMED CT概念にバインドされている「一致率」は70%と高く、先行研究と比較しても高い結果でした。これは、対象となった乳がん病理学領域のデータが構造化されていたこと、およびSNOMED CT内の病理学ドメインがよく整備されていることに起因する可能性があります。しかし、異なるSNOMED CT概念にバインドされている意味的に同等な用語ペア間の「変換可能性」はわずか9%と低い結果でした。変換可能性は、SNOMED CT内での概念の「距離」と密接に関連していました。「is-a関係」で繋がっている概念ペアはすべて、完全にまたは部分的に変換可能でしたが、異なる階層の概念ペアは決して変換可能ではありませんでした。階層内での変換は、必要な情報が両構造に存在し、前結合概念から後結合表現で洗練された別の概念へ移行できる限りは可能であることが示されています。しかし、本研究のデータセットには「Situation with explicit context」階層からの概念がなかったため、この点は検証されませんでした。変換不可能性の主な原因は、ターミノロジーバインディングに関するガイドラインの欠如、または既存のガイドラインの不使用にありました。「その他」の値の取り扱い方や、整数とSNOMED CT修飾子値のような特定のデータ型に関するターミノロジーバインディングのガイダンスは、現在不足しています。より厳格なターミノロジーバインディングガイドラインがあれば、変換可能性は向上する可能性があります。さらに、距離パターンに関するモデリングガイドラインも、変換可能性を改善するかもしれません。結論として、SNOMED CTは異なる情報構造間の情報変換を可能にするという期待に応える上で、改善の余地があることが示されました。この変換可能性を向上させるためには、ターミノロジーバインディング側ではガイドラインの策定と共有されたターミノロジーバインディングの実践が必要です。また、オントロジー側では、十分に定義された概念の割合を増やし、記述と翻訳の品質を保証することが求められます。これらの発見は、相互運用性の強化を目指す専門家、SNOMED International、そしてターミノロジーの品質と変換アプローチに焦点を当てる研究者にとって重要な意味を持つでしょう。
補足図表
Table 6

Table 7

Table 8

用語集
- SNOMED CT: 臨床用語の国際的な標準システムで、医療情報の共有と分析を可能にします。
- 意味的相互運用性: 異なる情報システム間で情報が交換され、その意味が正確に理解・利用できる状態を指します。
- オントロジー: 特定の領域の用語に加え、それらの概念間の関係性も定義した用語集です。
- ターミノロジーバインディング: ユーザーインターフェースや情報モデル内の用語を、標準化された用語集(例:SNOMED CT)の概念に結びつけるプロセスです。
- 情報構造: 用語や用語の集合間の関係を順序立てて集めたもので、情報モデルやデータ形式などが含まれます。
- バウンダリー問題: 情報モデルで表現する内容と、ターミノロジーで表現する内容の境界をどのように定義するかの課題です。
- is-a関係: ある概念が別の概念のより具体的な種類であるという関係性(例:「犬」は「動物」である)です。
- プリミティブ概念: SNOMED CTにおいて、他の概念との関係性によって十分に定義されていない概念を指します。
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