サイバスロンFES-Cycling仮想レースの裏側:低出力パワー計測の精度に潜む課題

解説対象論文: FES-Cycling at the Cybathlon 2024: assessing accuracy of power-pedals for low power output in a virtual race scenario
Journal of NeuroEngineering and Rehabilitation|被引用数: 0(2026年8月8日時点)
サイバスロン2024のFES-Cycling競技は、スマートトレーナーと仮想レース環境を組み合わせた新しい形式で実施されました。この革新的なアプローチは、より多くの参加と詳細なパフォーマンスデータの収集を可能にする一方で、競技中にパイロットが生成する非常に低いパワー出力における市販パワーメーターの測定精度という重要な課題を浮き彫りにしました。本記事では、この論文を基に、ペダル式パワーメーターの過大評価、取り付け条件やアンクル装具の位置が精度に与える影響、そして将来の競技形式における屋外レースの再検討の重要性について解説します。
はじめに:アシスト技術の祭典「サイバスロン」とその進化
どうも、Beyond the Pixelです。今回は、脊髄損傷などにより下肢に麻痺のある対象者が、機能的電気刺激(FES)を利用して自転車を漕ぐ「FES-Cycling」という競技に焦点を当てた論文をご紹介します。
「サイバスロン」は、2016年にチューリッヒで始まった、アシスト技術(日常生活を助けるための装置やシステム)を実生活に近い状況で評価するユニークな国際競技プラットフォームです。この大会は、競技的な要素を取り入れることで、純粋な臨床応用から技術革新へと焦点を移し、新しいアシストソリューションの開発に大きな影響を与えてきました。
FES-Cyclingは、最初のサイバスロンから主要な競技の一つでした。2016年の大会では、脊髄損傷(SCI)による完全運動麻痺のあるパイロット(競技参加者)が、屋外のコース742mを8分以内に完走することに挑戦しました。この時の平均速度は、表面刺激を使ったパイロットで5.7~11.2km/h、埋め込み型システムを使ったパイロットで15km/hでした。
しかし、2020年の第2回大会では、COVID-19パンデミックのため、対面でのレースが不可能となりました。そこで、主催者はスマートトレーナー(固定された自転車トレーニング機器)を使った「据え置き型」のレース形式を導入し、仮想環境で1200mの距離を8分以内に目指すというものでした。この時の平均速度は18.4~27.0km/hと、2016年の屋外レースと比較して大幅に速く、スマートトレーナーの使用に潜在的な限界がある可能性が示唆されました。
そして、2024年の第3回大会では、スマートトレーナーと「IndieVelo」という仮想レースプラットフォームを組み合わせた「仮想レースシナリオ」が採用されました。パイロットは、平坦な仮想コース1960mを8分以内に完走することが求められました。この形式の目的は、対面と遠隔の両方での参加を可能にし、競技の魅力を高め、詳細なパフォーマンスデータを収集して、より的確なトレーニング戦略をサポートすることでした。
しかし、FES-Cyclingで通常生成される非常に低い出力(定常状態で約16W、ピークで約40W)のパワーを、市販のデバイスが正確に測定できるかという課題がありました。スマートトレーナーは20W未満のパワーを確実に検出できなかったため、主催者はペダル式パワーメーター(ペダルに内蔵されたパワー計測器)の使用を許可しました。これは10W未満の測定データも提供できるものでしたが、この低出力域でのパワー計測精度はこれまで明確に確立されていませんでした。さらに、FES-Cyclingでは麻痺した下肢を安定させるためにアンクル装具(足首固定具)を使用することが一般的であり、これがペダルを介した力の伝達を変化させ、測定されるパワー値に影響を与える可能性も考えられました。
サイバスロン2024 FES-Cycling競技の概要と課題
サイバスロン2024のFES-Cycling競技には、7カ国から8チーム、合計10名のパイロットが参加しました。そのうち7チームはチューリッヒのメイン会場で、1チーム(BeAGain、韓国)は現地の拠点から遠隔で参加しました。すべてのパイロットが技術的な問題なく走行を完了しました。
参加資格としては、脊髄損傷による対麻痺で、下肢の随意運動機能が完全に失われている(AIS AまたはB)パイロットのみが許可されました。また、サイクリングデバイスを安全に操作できる程度の体幹、腕、首の随意制御が残っている必要がありました。参加するパイロットは、主催者が任命した中立的な専門家による「メッドチェック」と呼ばれる標準化された健康審査を受け、医療安全が確認されました。パイロットの人口統計データは{{TABLE_1_Placeholder}}のような情報を含んでいました(論文中に表がなかったため、ここでは参照のみ)。
使用されるサイクリングデバイスは、パイロットの安全を確保するための技術規定に準拠する必要がありました。市販のシステムとカスタム製作されたプロトタイプの両方が許可されましたが、駆動はパイロットの脚のみで行われる必要がありました。使用される刺激装置は、下肢の筋肉を活性化できるものであれば、標準的な電気安全規制を満たす限り許可されました。
レースは仮想レース環境「IndieVelo」内で実施され、最大4名のパイロットが同時に競い合いました。すべてのパイロットは自己較正式のスマートトレーナー「KICKR V6」(Wahoo Fitness社製)を使用しました。スマートトレーナーは低出力(20W未満)での信頼性の高いパワー測定を提供できなかったため、主催者は両側ペダル式パワーメーター「PowrLink Zero Dual」(Wahoo Fitness社製)を供給しました。各チームは、仮想レース環境の主たるパワー源として、スマートトレーナーとペダル式パワーメーターのいずれかを選択することができました。
仮想コース「Forest Velodrome」は、総距離1960mの平坦な円形トラックで、8分以内に完走する設定でした。このコースは10の区間(200mの区間が9つと、最後の160mの区間が1つ)に分かれ、各区間を完走すると10ポイントが与えられました。パイロットの体重と身長は仮想モデルに組み込まれましたが、サイクリングデバイスの重量は考慮されませんでした。レースは30秒のウォームアップ後に自動的にスタートしました。このウォームアップ期間の最初の20秒間は、腕の推進やFES、外部アシストで脚を動かすことが許可されましたが、最後の10秒間はFESによる脚の動きのみが許可されました。レース中は、手や腕を使ってペダリングのデッドポイントを乗り越えるために脚を時折押すことは許可されましたが、継続的な推進を助けることは許されませんでした。FES-Cyclingレースに参加するチームの様子は

で確認できます。
ペダル式パワーメーターに必要な脚のサポートを取り付けると、慎重な較正やクランク長の設定にもかかわらず、実際の出力パワーが大幅に過大評価されることが明らかになりました。このため、主催委員会は補償戦略を導入し、スマートトレーナーを基準として、各チームに対して調整された仮想クランク長を割り当てました。これは、ペダル式パワーメーターの利点をスマートトレーナーに対して5~10%に抑えることを目的としていました。具体的なクランク長補正の例は

に示されています。
予選前日には、主催委員会が追加の検証測定を行い、各チームが使用する個別に調整されたクランク長が発表されました。ハンガリーのHunFESSチームの場合、計算されたクランク長がWahooアプリで設定可能な最小値よりも小さかったため、特別に補償モデルに基づく後処理が適用されました。
サイバスロン2024レース結果とペダル式パワーメーターの評価
サイバスロン2024では、参加した10名のパイロットのうち8名分のデータが利用可能でした(残りの2名分のデータは提供されませんでした)。レース中の各パイロットの走行距離の推移は

に示されています。
10名のパイロットのうち4名が、8分という時間制限内で1960mの全仮想レース距離を完走しました。残りのパイロットは、最後の完走区間に対して400mから1400mの距離を走行しました。平均サイクリング速度は7.8~19.5km/hで、最高速度は10.2~22.9km/hでした。2016年の屋外サイバスロン大会と比較して、今回の仮想レース環境では速度が大幅に向上しています。これは、仮想モデルがパイロットの体重のみを考慮し、サイクリングデバイスの質量を無視しているためと考えられます。これは、仮想FES-Cycling競技の根本的な限界を示しており、屋外レースと直接比較できるものではなく、現実世界で達成可能な速度を過大評価している可能性が高いです。
パワー出力に関して注目すべきは、オランダのPulseRacingチームで、彼らはレース中に検証済みのKickrスマートトレーナーを主要なパワー源として使用した唯一のチームでした。このパイロットは約61Wの平均パワー出力を達成し、ピーク値は88Wに達しました。これは、FES-Cyclingで通常報告されるパワーレベル(例えば、脊髄損傷のある対象者で定常状態16.0±3.6W、ピーク40.8±4.6W)を著しく上回っています。
ペダル式パワーメーターを使用したチームの平均パワー出力は、約11Wから56Wの範囲で、ピーク値は最大111Wでした。しかし、これらの数値は慎重に解釈する必要があります。Kickrスマートトレーナーのパワーが20Wを超えた「有効なレースセグメント」を分析したところ、ペダル式パワーメーターによるパワーの著しい過大評価が明らかになりました。相対誤差は14.7%から66.6%に及び、意図された補償目標である5~10%をはるかに超えていました。これは、ペダル式パワーメーターの計測がスマートトレーナーに比べて大幅に高く表示されていることを示しています。例えば、Pedal PMとSmart Trainerの出力パワーの比較は

に示されています。ViennaFESチームが提供したクランク式パワーメーター(ペダルの軸に取り付けられるパワー計測器)による追加測定では、Kickrスマートトレーナーに対して平均+3.1Wから+3.7Wの偏差が示されました。この偏差は駆動系の伝達損失に起因する可能性が高いですが、このような低い絶対出力では、わずかな差でも全体ランキングにおいて意味のある利点となる可能性があります。
レース結果の詳細は

にまとめられています。
Kickrスマートトレーナーが低出力で20W未満のパワーを確実に測定できないという点で、抵抗制御にも限界がありました。パイロットからは、サイクリング中に不自然で断続的な「キック」のような感覚が頻繁に報告されており、これは連続的な制御ではなく、抵抗が段階的に切り替わっている可能性を示唆しています。この動作は不快感を与えるだけでなく、FES-Cyclingでスムーズなペダリングを目指す際の刺激制御を複雑にします。
低出力域におけるパワーメーターの精度評価
本研究のもう一つの目的は、ペダル式パワーメーターの測定精度を、クランク式パワーメーターを基準として低出力域(25W未満)で定量化することでした。特に、ペダルの取り付けトルク(締め付け力)とアンクル装具の取り付け位置が測定精度に与える影響に焦点を当てました。測定データとパワー予測モデルの例は

に示されています。
取り付けトルクの変化は、ペダル式パワーメーターで記録されるパワーデータにわずかな変化をもたらしましたが、クランク式パワーメーターの参照値はほとんど影響を受けませんでした。最も高いトルクである40Nmでは、ペダルはクランク式パワーメーターの参照値に比べてパワーを11.9%過小評価し、当てはめられたモデルのRMS誤差(RMSE:モデル予測と実測値のずれの平均値)も高くなりました(1.6W対0.3W)。他のトルクでは、偏差は-5.2%から+6.2%の範囲で、RMSE値は1.1~1.2Wでした。補正されたクランク長を適用することで、これらの偏差は著しく減少し、試験されたすべてのトルクで残余誤差は-0.4%から+1.8%に抑えられました。取り付けトルクや装具位置、クランク長補正の影響については

に詳しく示されています。
アンクル装具の取り付け位置は、測定精度により大きな影響を与えました。装具なしの元の構成(POS ORIG)では、相対偏差は小さく(2.8%)、RMSEは0.8Wでしたが、装具を取り付けると大幅な過大評価(POS 0: +20.1%; POS 1: +29.8%)とRMSEの増加が見られました。特にPOS 1ではRMSEが3.5Wと顕著でした。補正により、相対誤差は-3.4%(POS 0)および-6.4%(POS 1)に減少しました。しかし、図からわかるように、高ケイデンスではペダルによるパワーモデルが低下しており、これは力の作用点の効果的な位置の変化がパワーメーターの内部力モデルを損なう可能性を示唆しています。ペダル式パワーメーターは通常、専用のサイクリングシューズでの使用に最適化されており、予測可能な力ベクトルに依存しています。FES-Cyclingでは麻痺した脚を安定させるために装具が必要であり、これがてこの作用点や負荷の伝達を変える可能性があります。クランク式パワーメーターの参照値もわずかな正の偏りを示しましたが、ペダル式ほど影響は受けませんでした。これらのデータに基づくと、足の正中線の横方向への変位を最小限に抑えるため、装具は可能な限りクランクアームに近づけて取り付けるべきです。
精度評価の定量的結果は

にまとめられています。
本研究の限界は、すべての測定を1名の健常者によって実施し、管理されたテスト環境を確保した点にあります。しかし、これらの知見を潜在的なバイアスの源の代表例として解釈することで、サイバスロン2024 FES-Cycling競技で観察された偏差のより良い理解に貢献できるでしょう。興味深いことに、同じペダルシステムを用いた予備的なテストではさらに大きなパワーの過大評価が示されており、低出力域でのペダル式パワー測定の大きなばらつきが強調されています。
競技の観点からは、両側ペダル式パワーメーターの設計にも追加の考慮事項があります。各ペダルが独立してパワーを計算するものの、左ペダルのみがマスターユニットとして機能し、両ペダルからのデータを送信します。右ペダルへのワイヤレス接続が失われたり、電源が切れたりすると、片側のパワーのみが記録され、総出力の半分しか表示されません。このような故障はエリートサイクリングでは通常すぐに検出されますが、絶対パワー出力が低く、一般的に未知であるFES-Cyclingでは気づかれない可能性があります。
要するに、現在の市販されているペダル式パワーメーターやKickrスマートトレーナーは、仮想レース環境での低出力FES-Cycling競技における信頼性の高いパフォーマンス評価には適していないことが、我々の調査結果から示唆されました。
仮想レース形式の利点と今後の展望
競技設計の観点から見ると、仮想レース環境は、低出力での技術的な限界があるものの、標準化、アクセシビリティ、および物流上の実現可能性の間の実用的な妥協点を示していました。また、信頼性の高い低出力域の測定システムが利用可能になれば、魅力的なトレーニング機会やより頻繁な競技機会を可能にする貴重な補完的アプローチとして機能する可能性があります。レース中の連続的なパワーデータは科学的に高い関心を持たれますが、本研究の結果は、競技ランキングにおいてパワー測定が中心的な役割を果たさない屋外レース形式の再検討を支持しています。
屋外競技は、脊髄損傷のある対象者のモビリティを向上させるという包括的な目標により密接に合致しており、パイロットのモチベーションを高め、一般市民の関心を引きつけるのに効果的です。最近の動向として、ETHチューリッヒのアシスト技術記録レースや、リヨンサイバーデイズ、ウィーンFESサイバースポーツデイ2025などがあり、FES-Cycling競技の将来における明確な方向性を示しています。
まとめ
サイバスロン2024で実施されたFES-Cycling競技のようなイベントは、アシスト技術を標準化された条件下で評価するための重要な枠組みを提供します。主催者は仮想レース環境を通じて、グローバルなアクセシビリティと詳細なパフォーマンスデータ提供を目指しました。しかし、本研究は、現在市販されているペダル式パワー測定システムやスマートトレーナーが、FES-Cyclingに特有の低出力域での信頼性の高い仮想競技を保証するにはまだ適していないことを示しています。
脊髄損傷のある対象者のモビリティ向上という包括的な目標に沿って、将来のFES-Cycling競技では、距離や時間といった外部から観察可能な結果を評価する屋外レース形式を優先すべきです。パワー測定は科学的に高い関心を引き続き持ちますが、競技環境でのサイクリングパフォーマンスを評価する唯一の指標として使用すべきではありません。屋外レースはパイロットのモチベーションと一般市民の関心をさらに高める傾向があります。アシスト技術記録レース(ETHチューリッヒ)や、リヨンサイバーデイズ、ウィーンFESサイバースポーツデイ2025などの新しい競技形式は、FES-Cycling競技の未来に向けた明確で有望な方向性を示しています。
補足図表
Figure 3

用語集
- サイバスロン: アシスト技術を実生活に近い状況で評価する国際的な競技大会。
- FES-Cycling: 機能的電気刺激(FES)を用いて、下肢麻痺のある対象者が自転車を漕ぐ競技。
- スマートトレーナー: 屋内で自転車を固定してトレーニングするための機器。通常、パワーや抵抗を測定・調整する。
- ペダル式パワーメーター: 自転車のペダルに内蔵され、ペダリングパワーを測定する機器。
- クランク式パワーメーター: 自転車のクランク(ペダルを取り付ける軸)に内蔵され、ペダリングパワーを測定する機器。
- 脊髄損傷(SCI): 脊髄の損傷により、運動機能や感覚機能が失われる状態。
- アンクル装具: 足首を固定し、安定させるための医療用装具。
- ケイデンス: 自転車のペダルを1分間あたりに回す回転数。
- RMS誤差(RMSE): モデルの予測値と実際の測定値の差の平均を表す指標。
- 補正クランク長: パワーメーターの測定値を調整するために設定される仮想的なクランク長。
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